理事長所信

三鷹青年会議所第49代理事長
嶋田 將希

伝統継承

~明るい未来の三鷹へ~

伝統とはある民族や、社会などの集団において人の行動や価値観、
風俗や習慣、あるいは技術や様式などにおいて古くから伝えられてきた物事である。
また、それらを次の時代に受け継いで行く事をさす。
一説には、同じ技術や材料を使いつつも新しいことに挑戦し革新していくものであるとも考えられている。

 2017 年度吉野理事長のもと、第2 回大会以来44 年ぶりに三鷹市で第46 回東京ブロック大会三鷹大会を開催することが出来まし
た。約2 年半という中長期の事業を開催するためにメンバー全員で誇りを胸に抱き、メンバー全員で覚悟を共有し、メンバー全員で誰が為に成すのかと問い続けながら運動発信を行ってまいりました。一人一人が苦労して準備をし、メンバー全員で会議をしてきた結果、我々三鷹青年会議所は一つになり、大成功で終えることが出来ました。これもひとえに、先輩諸兄であるシニアクラブの皆様、また、会場を快くお貸しいただきました、三鷹市長清原慶子様をはじめとする三鷹市行政の皆様、継続的にご理解・ご支援・ご協力を受け賜わっております、三鷹市内関係諸団体の皆様方のおかげです。会を代表いたしまして改めて厚く御礼申し上げます。また、昨年の東京ブロック大会三鷹大会の中で三鷹市社会福祉協議会様とも、災害時相互協力協定の締結式を執り行わせていただきました。引き続き本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 私は三鷹で生まれ、三鷹で育ち、39 年間三鷹市民として人生を歩んできました。と、いっても、両親が住む町にたまたま三鷹市を選んだことで、たまたま三鷹育ちとなりました。しかし、住む町を三鷹市に選んでくれたおかげで、妻に出会えたこと、私の子供たちが、のびのびとこの町で暮らせていること、素晴らしい仲間がいること、素晴らしい先輩方に出会えたこと、三鷹青年会議所の理事長という重責を担ったこと、本当ならば父親に見てもらいたかったですが、残念ながら突然の事故で、私が26 歳の時に亡くなってしまいました。父親が生きているときには私の立派な姿を見せることが出来ませんでしたが、今の私をどこかで見てくれていると思い、胸を張って生きていく覚悟です。三鷹市を選んでいただいた両親には本当に感謝しております。
 私が地域の活動に初めて携わったのは、地元の青年団でした。盆踊りや、祭礼、火の用心で町内を周ったり年の暮れには地元の神社でお焚き上げや、お守りを売るなどの活動をしていたのが16 歳の頃でした。地元の伝統を守り継承してきた先輩たちを見て自分にも何かできることは無いかと思ったのはこの頃からでした。その後、青年団の団長まで経験することが出来ましたが、あくまでも町内会での活動でした。
 数年がたち、26 歳の頃自分で会社を立ち上げたことにより、地域をもっと良くして行きたいという思いが強くなりましたが、なかなかその方法が見つかりませんでした。32 歳の頃、私が会社を起こした時から応援して下さっていた、私が最も尊敬している先輩から青年会議所を紹介していただきました。しかし、当時の私と先輩の関係から、紹介というよりは半ば強制的に、いついつどこにスーツを着て来て、と言われて、訳もわからずとにかく参加したことを今でも覚えています。もともと、三鷹青年会議所という団体は知っていましたが、私には縁のないものだと思っていました。しかし、参加させてもらった当時の青年会議所メンバーの生き生きとしている顔を見て、何か感じるものがありました。
 その後は何度か活動に参加させてもらいましたが、仕事の関係などで入会を決めきれずにいました。しかし私が尊敬している先輩が理事長になる事を機に入会する事を決断しました。入会が決まり、始めて参加させて頂いた例会が、新年賀詞交歓会でした。私は一番後ろの席に座り、一番前に立って理事長所信を述べている先輩の姿を見てとても感動しました。また、前に座っている方々の顔ぶれを見て三鷹市の中でも本当に信頼されている団体に入ったのだと思いました。
 入会してからは、私が初めて経験することが多く、青年会議所のスケールの大きさには只々驚くばかりで、本当に小さな世界しか経験していなかった事に気づかされました。私自身、決して自慢できるような尊敬される人生を送ってきてはいないですが、私の力で少しでも三鷹市が良くなるように、微力ながら青年会議所活動に関わって何か役に立ちたいという思いで活動するようになりました。自分から活動に関わっていくうちに周りから信頼されるようになり、理事メンバーに選ばれてからは、三鷹青年会議所の意味や意義を先輩方から教わって、益々三鷹青年会議所を大切に思うようになり、今日まで48 年もの長い間先輩諸兄が作り上げてきた、三鷹青年会議所の伝統を継承して行きたいという思いが強くなっていきました。

 青年会議所は明るい豊かな社会を築くために運動している団体です。私は、町作りに大事な物とは、地域のつながり、ご近所同士の助け合いが必要だと感じています。そのためには挨拶を交わすことも、人と人のつながりの一つの手法であり、昔からの伝統であると考えています。近年では、人とのコミュニケーションがとりやすいはずの、挨拶すら交わされない世の中に変わってきています。とあるマンションでは、『子供たちには、知らない人に挨拶されたら逃げるように教えているので、マンション内では挨拶をしないように決めてください』と、提案され、挨拶をする人も、『返事が返ってこないし、気分が悪いからなくそう』となり、住人同士が、挨拶をしないという事が決まったマンションもあるそうです。
 私は幼少の頃から日本達磨拳法という武道を30 年以上やってきています。その武道の師匠から沢山のことを教わってきましたが、その中の一つに基本訓というものがあります。
朝の挨拶おはようございます
昼の挨拶こんにちは
夜の挨拶こんばんは
食前の挨拶いただきます
食後の挨拶ごちそうさまでした
感謝の気持ちありがとうございました
反省の気持ちすみませんでした
基本訓
健全な精神は健全な肉体に宿る
Asoundmindinasoundbody
 この基本訓を幼少の頃から師匠に叩き込まれ、挨拶をすることが大事だという事を教わってきました。大半の方は当たり前かもしれませんが、この挨拶が時代の変化により、また考え方の違いにより変わっているのは事実ですが、私はこの挨拶という行動も昔からの伝統継承だと思っています。
 本年も、青少年育成事業として、わんぱく相撲三鷹場所を開催いたします。長い間このわんぱく相撲でも子供たちには、相撲を通じて相手の痛みを知り、讃え合う、また礼を重きにおいて取り組んでいただいています。未来を担う子供たちにはしっかりと我々の思いを伝えていきます。
 同じく青少年育成事業として、味の素スタジアム全面をお借りして行っている、わんぱくサッカーフェスティバルを長年に渡り開催してきましたが、昨年より、みたかわんぱくスポーツDAYと名前を変え様々なスポーツを体験できる場として開催致しました。本年度も2020 年東京で開催される、オリンピックパラリンピックに視野を向け様々なスポーツを子供たちに体験していただきます。プロサッカー選手がプレーする天然芝のフィールドでサッカーができなくなってしまいましたが、先輩方が長年言い続けてきた【夢はかなう】という事を子供たちに教えていき、三鷹から未来のプロスポーツ選手が沢山生まれることを願い、先輩諸兄が長い間培ってきたものを継承し、新しいことにもチャレンジしていきます。未来を担う子供たちには、スポーツを通してコミュニケーションを学んでもらい、また、様々な経験をさせて、明るい未来の三鷹を作る一助となるよう、メンバー一同全力で取り組んでいきます。
 毎年来場者が増えて、近年では5 万人近くもの来場者がある、三鷹市との唯一の共催団体として行われる、三鷹国際交流フェス
ティバルにおいても、本年度も変わらずご協力させて頂きます。三鷹国際交流協会が設立した際は、当時の三鷹青年会議所の先輩方が協力しておりました。設立に協力した団体として誇りを持ち、先輩諸兄の意思をしっかりと受け継いでいきます。近年ではより多くの外国人の方々が参加をしているので、国際交流も絶対的に必要な時代です。我々青年会議所といたしましても精一杯国際交流の一助となるように努めていきます。また、その他にも1 年間の方針に沿って各月に例会を行います。

 現在のメンバーは、入会して2 年、3 年という歴が浅いメンバーが大半を占めています。また、同じく入会してから、2 年、3 年で卒業していくメンバーも増えており引継ぎ・継承という面ではうまくされていないのが現状です。私自身も、まだ6 年目という決して長いJC 歴ではありませんが、我々三鷹青年会議所は、長い歴のメンバーが減り、昔を知らない浅い歴のメンバーが増えてきています。これは新しい考えや、意見が出てくると同時に、新しいチャレンジが出来る可能性が大いにあるという事だと思います。しかしながらまずは、48 年間という長い間、三鷹青年会議所を作り、守ってこられた先輩諸兄の想いをしっかりと継承していきたいと思っています。
 三鷹青年会議所は、先輩諸兄が三鷹市行政や地域の関係諸団体と連携を取り、様々な活動をしてきた結果、信頼関係を築くことが出来ました。その信頼関係があったことで、東京ブロック大会三鷹大会が44 年ぶりに三鷹市で開催が決まった時も、関係諸団体の皆様にはスムーズに我々の大会準備の協力をして頂き、様々なお願いにも快く承諾していただけました。決して今いる、我々現役メンバーだけが頑張ったからではありません。長い間先輩諸兄が自らの大事な時間を使い、仕事の合間を縫って、時には深夜まで会議をし、様々な事業を開催してきた結果、熱い思いを感じて頂けた事で、三鷹市行政を始め、三鷹市内関係諸団体にここまで信頼される団体になったはずです。
 過去と現在、時代の変化で色々と変わってきていると思いますが、三鷹青年会議所が何のために活動しているかは設立当初から変わっていません。今の現役メンバーも個々に仕事を抱えており、忙しい時間を割いて青年会議所の活動をしています。しかし、先輩諸兄も同じように活動を行ってきています。時代の変化があっても、時間の使い方は今も昔も同じはずです。決して我々がやっていることは楽では無いと、私自身も感じています。私も何のためにこんな活動をしているのだろうか、なんで大事な時間を割いて会議をしているのだろうと行き詰ったことがありました。しかしながら、メンバーみんな同じ状況で活動しているところを見ると、自分だけが忙しいからとは言えませんでした。青年会議所は40 歳で卒業をしなければいけません。我々は限られた時間の中で明るい豊かな社会の実現を目指し活動しています。
 そして、何よりもこの年になって大切な仲間を作っています。ある先輩から、「青年会議所は現役を卒業してから、大変だった当時の青年会議所の思い出を振り返ると、改めてすべて意味のあった活動だったよ」と言われたことがありました。私もその言葉が卒業してから言えるように、先輩諸兄が行動し、作り上げてきた歴史をしっかりと受け継ぎ、メンバー全員と共に、実現に近づけるよう邁進していきます。
 そのためには、今一度会議体としてしっかりと行動できるように、各委員長は一年間を通してしっかりと委員会メンバーを引っ張っていき、人づくりをし、委員会方針に基づき会議を行い活動して、一つ一つの例会を成功させてもらいます。各委員会に所属するメンバーは、一年間を通して委員長を支え委員長のリーダー力を高める一助となるように、各委員会メンバーで、しっかりと委員会を作り上げてもらいます。一人一人が責任と自覚を持ち自己成長していきましょう。大事な時間を使い会議をした先には必ずや友情が生まれ大事な仲間が作れるはずです。そして、その先には我々が目指している明るい豊かな社会に少しでも近づくと私は信じています。
 時代に沿った行動・運動の仕方は大事だと思いますが、三鷹青年会議所設立当初の創始である、『市民と共に考え共に行動しよう』という先輩諸兄の熱い思いを我々は伝統継承することが改めて必要です。今の時代に合わせ何を残すのか?何をやめるのか?その決断となる時が今だと私は思っています。そして、その決断こそが来年に迎える50 周年という年に向けて軸を作り、10 年、20 年、その先の三鷹青年会議所100 周年につながると信じています。

 来年度は、三鷹青年会議所50 周年を迎えることになります。一つの団体が半世紀続いていることはとても素晴らしい事だと思います。この記念すべき50 周年を迎えるために今年度は、拡大・50 周年準備委員会を立ち上げ、メンバーの拡大を成功させ、先輩諸兄が作り上げてきた三鷹青年会議所48 年の伝統を継承し、来年迎える50 周年記念事業を成功させるため、しっかりと準備を進めていく所存です。
 最後になりますが第49 代理事長という重責を託していただきました、メンバーの皆様、先輩諸兄、また、ご理解いただきました
家族・会社の皆様に心より感謝申し上げます。
近年は関係諸団体との連携も多くさせて頂いております。この絆をより一層強固な関係にし、未来の三鷹に継承できるように、48 年間作り上げてきた土台をしっかりと受け継ぎ、新しいことにも挑戦し革新し、来年迎える50 周年、その先の明るい未来のために運動することをお約束し、2018 年度は伝統継承~さらなる明るい未来の三鷹へ~をスローガンに掲げ、1 年間メンバー一丸となり邁進していくことをお約束申し上げ、所信と代えさせて頂きます。